【お知らせ】ボイストレーニングを立川でやります。

秋めいた日々の今日。
ピアノの調律で立川に来ています。
まだまだご予約でいっぱいなどとはいきませんが
去年と比べると出会うお客様の感じが違います。

最初の一年は多分
どんなところだろう?そんな興味で
いらっしゃっている方が多く
その中でもいち早く気に入って
今もご利用いただいてる方もいます。

そして2年目の今は
アダージョを目指してやってきてくれる
そんな嬉しいお客様が多い。
地道にやってきてよかったし
そもそもそれしかできなかったのだなと
自身の不器用さも再発見です。

そうなってやっと
自分が行う何かも
アダージョで開催できるかも?と
イメージが見えた順からやり始めました。

一つはYouTubeやインスタグラムのLIVE配信。
やりたい、だけではなくやれるイメージまで
見えないとできないんですよね。

そして今もう一つ
ボイストレーニングです。

アダージョはマリンバのスタジオとして
スタートしました。
けれどもちろん私がボーカルであることから
いつかはやりたいと思っていたんです。

でもマリンバの方ばかりの中で
ボイトレの宣伝をするイメージと
それを許可する自分が見つからず
何度も立ち止まっておりました。

ただ今は私自身が
この手でこの経験で
この世界でお仕事ができるもの
その一つはやっぱりボイトレなんです。

今一度素直に
この歳になってお伝えできるボイトレを
今一度丁寧に
宣伝してやっていこうと思っています。

長くなりましたが!
どんな方にも始めやすいように
30分4000円のコースを設けました。

あくまでピンポイントに絞ったレッスンですが
ぜひ気になっていた声のこと歌のこと
私と一緒に探ってみませんか?
声を出すことはやっぱり人生の助けになります。
ぜひご一緒に!

稲垣涼子ボーカルスクール @立川マリンバスタジオアダージョ

詳細はレッスンページにてご覧くださいね。

心のドアをノックする音。

いつも残念だなって
自分のことも相手のことも思う瞬間。

疑問を投げかけても

「わかることはこれだけです」

そう返されること。

何度目かしら。
分かっているのに聞いてしまった自分にも
残念だなって思う。

どうしてみんな
他人に興味がないんだろう?
困っていたら解決法がなくても
寄り添ってあげたくならないのかな。

人があれこれ話をする時は
意見を欲しいわけではなく
ただ言いたいだけ聞いて欲しいだけ
そう思われているけれど
私は違うって思います。

人が話しかける時って
ただ聞いて欲しいわけでも
ただ求める答えを待っているわけでもなくて
こちらに興味を持って欲しいってことじゃないかしら。
向かい合って欲しくて問いかけてるんじゃないかしら。

だから確かに
あなたの意見を聞きたいわけではないし
かと言って
ただただ相槌打って欲しいわけじゃない。

とても困っているってことや
とても分かってほしいって思っていること自体を
受け取って欲しいのじゃないかしら。

気持ちを理解されなくても
気持ちのある場所に
触れようと手を伸ばしてもらえるなら
それだけでどんなにか癒されるんじゃないかしら。

残念なのは
「私はここまで」
「あなたとは違う」
それで終わってしまうこと。

それぞれ違ってそれでいい のは本当だけど
それでも一つ手を伸ばしてみて
「どんなふうに辛いの?困ってるの?」
そんな気持ちの扉をノックする言葉が聞こえたら
どんなにこの世はあったかいだろうか。

人と人との線引きを
きっちりできる方がスマートにものは進む。

でも。

でもどうなんだろう。

困っていたら
自分にはどうにもできなくても
いや、どうにもできないからこそ
寄り添う一瞬が生まれてしまうものじゃないのかしら。

私はやっぱり人は人を助けたい存在だと思うから
そういう一面を見続けたいと思うんです。
ただただそういう世の中であってほしいし
そういうふうに生きている人たちを知っているから。

それがどれだけ私の心を支え
前に向かせてくれているかを知っているから。

一人でもそういう生き方をすることでしか
この世の平和を増やすことはできない。
目の前の人と向き合うこと
分かち合うことでしか世界の平和は成り立たないと思う。

死ぬまで歌う理由

両親が住む東京に住まいを移し
時々茅ヶ崎の元家に帰るという生活が
そろそろ半年。

東京の部屋にも
だんだんと自分の居場所の香りができて
どちらに行き来したとしても
帰ってきたなと思う。

いろんな人生のカードを生きてきたけど
また一つ大きくカードをすり替えている気がする。
戻ってきたような進んでいるような
螺旋階段を登ったような今です。

若い頃はがむしゃらに
自分のかっこよさを追求して
家庭を持ってからは自然体とか
魂とかをすごく求めてた。

30代から40代の子供との日々は
自然とか魂とかを間近にみていたから
その本質を知りたくて勉強した。
勉強しても見つからないものだけど。

でも音楽に関しては
どこからかやる気が出なくなった。
作ろうと思っても
新しいスタイルを始めてもどこかで絶えて
ずっとずっと広げたい音が見えなかった。

それでもイベントをしたり
新しい教室を開いたり
ワクワクし続けらるものを探したけど
結局疲弊するようなことばかりだった。
友達もどんどん少なくなってしまっていた。

そんな頃
「同じように彷徨ったのかな?」
なんて思うような人たちに出会った。
すごく仲良くなるとかじゃないけど
目の奥まで見えるような人たちだった。

半ば魂とか大事にするなんて
幻想かもって思ってた私に
同じような瞳を持っている人たちに出会って
私は素直になってもいいかもって思えたのです。

この出会いは大きい。

多分今やっていることはその
そう言う人たちが出会うような音楽を作りたいってこと。

私が作るものが自分の本質からなら
それを聞きにくる人たちが
私の質と同じなはずで
きっと私とその人と
同時に一緒にいた他の人たちも
きっと繋がれるんじゃないかと思うのです。

だからこれからは
どう見せたいか?と言う音やスタイルじゃなくて
私が楽にいられる姿で歌を歌わなくちゃいけない。

でも楽にいられる歌とは
決して簡単に歌えるという意味ではなく
この人間世界で人間としている部分を
ゴソゴソと脱ぎ捨てて芯から歌うこと。

それはとっても自分を見つめて
いいこと言っちゃってない?
ちょっといい声出そうとしてない?
とかとか自分を削ぎ落とすこと。

悪くはないよね。
そう、そうありたいよね。
でもそう思うたび
どうしてもっと早くそれをやらなかったんだい?
って思っちゃって残念でもある。

ま 仕方ないよね 人間だもの。
そういう人間だったんだもの。
それでも大丈夫って伝えたい。
だからやっていく。
これは死ぬまでに私が音でやること。
なぜ私が歌うかはここにあったんだ。